靴下とドアノブから始まる小さな「頭の切り替え」
朝、まだ頭の中は仕事や家族のことでいっぱい。
そんな状態のまま、なんとなく靴下を履き、なんとなく玄関のドアノブに手をかけて、一日が始まっていく。
そんな朝を過ごしている方は、少なくないのではないでしょうか。
私たちの毎日は、こうした「いつもの自動操縦」で成り立っています。
何も考えなくても体が勝手に動いてくれるというのは、とても効率的なことです。
頭のリソースを、考えなければいけないことに使えるからです。
ただ、今日ご紹介したいのは、その自動操縦をほんの一瞬だけ、意図的に外してみるという小さな工夫です。
いつも右足から履く靴下を、あえて左足から履いてみる。
いつも右手で持つドアノブを、あえて左手で持ってみる。
たったそれだけのことです。
不安なことやイライラすることがあっても、まったく問題ありません。
むしろ、頭の中がぐるぐるとしているときこそ、この小さな「逆」が、ふと視点をずらすきっかけになることがあります。
今日は、その仕組みと、日常に取り入れやすい方法を、東洋医学の視点も交えながらご紹介していきます。
右手・左手と脳の関係をやさしく解説
まず、右手と左手が、脳のどのあたりと関わっているのかを簡単に整理してみましょう。
よく知られているように、右手の動きは主に脳の左側(左脳)が、左手の動きは主に脳の右側(右脳)が担当しています。
そして手や指を動かすときには、実は「運動を司る部分」だけが働いているわけではありません。
触れた感覚を受け取る感覚野、そして計画を立てたり判断したりする前頭葉など、思っている以上に広い範囲の脳が関わっています。
靴下を履く、ドアノブを持つといった何気ない動作の裏側でも、脳の中では複数の場所が同時にやり取りをしているのです。
ここで一つ、たとえ話をしてみます。
よく通る道は、舗装されていて歩きやすく、迷うこともありません。
反対に、あまり通らない道は、少し草が茂っていたり、足元が不安定だったりします。
脳の使い方もこれと似ていて、よく使う経路は効率よく整えられていく一方で、あまり使わない経路は、少しずつ動きが鈍くなりやすいという側面があります。
利き手ばかりを使う生活は、いわば「いつもの舗装された道」ばかりを歩いているようなものかもしれません。
非利き手トレーニングの研究を一つご紹介
非利き手を使うことと脳の働きについては、これまでにいくつかの研究報告があります。
たとえば、非利き手でお箸を使ったり、絵を描いたりといった細かい作業を行う実験では、利き手で同じ作業をするときと比べて、前頭葉を含む広い範囲の脳活動が高まることが報告されています。
たとえば、健常な成人を対象に、利き手と非利き手で渦巻きの線を描く課題を行った研究では、非利き手を使ったときの方が前頭葉の血流が有意に増えた、という結果が報告されています(近赤外線分光法を用いた研究)。
また、非利き手で箸の練習を4週間続けた研究では、動きが滑らかになるだけでなく、機能的MRIで見た脳の活動パターンも変化していたと報告されています。
さらに興味深いのは、こうした非利き手のトレーニングを数週間ほど続けると、少しずつ動きがスムーズになっていくと同時に、脳の活動パターンにも変化が見られるという報告があることです。
これは「脳の可塑性」と呼ばれる性質に関わるものと考えられています。
かみ砕いて言えば、脳は経験に合わせて、よく使う回路は太く、使わない回路は細くしながら、一生を通じてつながり方を調整していく性質です。
ここから言えるのは、慣れていない側の手や動作を使うことで、脳に普段とは違う新しい刺激が入る可能性がある、ということです。
もちろん、これによって特定の病気が防げる、頭が良くなるといった断定はできません。
ただ、頭の柔らかさを保つための工夫の一つになり得ると考えられています。
日常でできる「いつもの逆」脳トレ習慣
難しく考える必要はありません。
日常のちょっとした場面で、こんなふうに試してみることができます。
- 靴下を履く順番を、時々だけ逆にしてみる。
毎日でなくて構いません。
「今日はちょっと気分を変えたいな」というときだけで十分です。 - ドアノブをあえて反対の手で持ってみる。
玄関を出る一瞬、頭の中の考え事から半歩だけ意識が離れるきっかけになります。 - 歯みがきを非利き手でやってみる。
最初はうまく磨けなくても大丈夫です。
数十秒だけでも、いつもと違う感覚が生まれます。 - スマホのフリック入力を、数分だけ非利き手で試してみる。
思うように打てないもどかしさすら、頭の切り替えの材料になります。 - 通勤や散歩のルートを、少しだけ変えてみる。
見慣れた景色が少し違って見えるだけで、頭の中の空気が入れ替わるような感覚を得られることがあります。
それぞれの工夫は、「頭の自動操縦を一度外す」「考えの視点をずらす」「脳に新しい刺激を入れる」ためのささやかなきっかけになり得るものです。
なお、非利き手での動作は思わぬ動きになりやすいため、階段や段差のある場所、包丁など刃物を扱う場面では無理をせず、安全を優先してください。
あくまで、安全な範囲で気軽に試せる場面から取り入れていただければと思います。
不安やイライラと「上手につき合うための余白」という視点
仕事のこと、家族のこと、将来のこと。
同じ考えが頭の中をぐるぐると巡って、なかなか手放せない。
そんな時間を過ごしている方は、たくさんいらっしゃると思います。
そうした不安やイライラを、無理に「なくそう」とする必要はありません。
それは自然な心の働きであり、否定するようなものではないからです。
大切なのは、不安やイライラを抱えたままでも、心の中に少しだけ「余白」をつくることかもしれません。
いつもの逆の動作は、まさにこの余白をつくるための、小さな道具のようなものです。
ぐるぐると同じ思考回路を回り続けている状態から、ほんの一段だけ回路をずらす。
ぐるぐる思考から、半歩だけ横に出てみる。
そんなイメージです。
もちろん、毎回きちんとできる必要はありません。
「あ、今日は逆にしてみようかな」と、思い出したときにふっとやってみる。
それくらいの軽さで、十分に意味があります。
できたらラッキー、できなくても、それはそれで構いません。
漢方・東洋医学から見た「偏り」とバランス
東洋医学では、「からだ」と「こころ」を切り離さず一体のものとして見る「心身一如」という考え方があります。
メンタルの不調の背景に、身体のアンバランスがあると捉えることがあるのです。
同じ姿勢ばかり続ける、同じ考えばかりを巡らせる、同じ部分ばかりを使う。
こうした偏りが積み重なることが、不調の一因になり得るという見方です。
東洋医学には、左右のバランス、陰と陽のバランス、そして気や血のめぐりといった考え方があります。
これらはいずれも、体のどこか一部だけに偏らず、全体としてバランスよく巡っている状態を良しとする発想です。
いつも同じ側ばかりを使う生活は、こうしたバランスから見ると、少しだけ偏りが生まれやすい状態とも言えるかもしれません。
「いつもの逆」を時々取り入れることは、こうした心とからだの偏りを、少しずつゆるめていくための一つの工夫として捉えることができます。
大きく体質を変えるようなものではありませんが、日々の小さな積み重ねが、巡りやすいからだ、切り替えやすい心につながっていく、という考え方は、東洋医学が大切にしてきた視点の一つです。
おわりに:今日の靴下から始める、小さな実験
今日ご紹介したのは、靴下を履く順番やドアノブを持つ手を、時々だけ逆にしてみるという、本当にささやかな工夫です。
非利き手や反対側を使うことで、脳には普段とは違う刺激が入り、それが頭の柔らかさを保つ一助になると考えられています。
不安やイライラがある日こそ、ほんの少しだけ「逆」を試すことで、頭の中に新しい風を入れてみてください。
うまくできなくても、それに気づけたこと自体が、すでに一歩です。
今日の靴下から、小さな実験を始めてみませんか。
それでも一人ではなかなか切り替えが難しいと感じるときは、漢方や生活の整え方について専門家に相談してみるのも一つの方法です。
紫雲では、お一人お一人の体質や今の状態に合わせて、こうした小さな工夫も含めたご提案をしています。お気軽にご相談ください。
